今回、私の本の発売元の幻冬舎さんより、「読んでみて」と1冊の本を頂いた。三羽省吾さんが書かれた「タチコギ」という本だ。
手にとって、帯の裏に書かれた内容を見て、とても興味が沸いた。
タチコギ/三羽 省吾
¥1,680
Amazon.co.jp

主人公の柿崎信郎は、不登校になった小学校4年生の息子智郎を連れて、祖母の葬儀のため故郷に帰ることになった。柿崎が智郎と同じ年だった1978年6月、「ノブ」と呼ばれていたあの頃。そこには大きな鉱山があった。(中略)

あの頃。今よりも遥かに貧しく、「格差」というものがはっきりとあった時代の、生々しい日々の匂い。その中で生き生きと過ごしていた自分たちの姿・・・・・・。
30年ぶりに訪れた故郷で、柿崎は、父親として、同じ男の子だったものとして、息子に何を伝えられるのかに気づいてく。


主な舞台は1978年の夏、そこに生きる少年たちの姿。
1978年夏、私は小学校5年生の女の子だった。
この本を読みながら自分の子供時代を思い出し、そして今まさに小学校4年生、子供時代真っ盛りの娘の親としていろいろなことを考えた。


自分の子供時代を振り返ると、絶対的な親の強さを思い出す。「親のいうことが絶対」で、私など「親に向かってその口応えはなんだ」と母によく怒られたものだ。子供時代の親(うちの場合は断然母)は本当に怖かった。

その反面、私の子供時代って、親はあまり子供の世界に介入してこなかった。ある意味放任、子供の世界がちゃんとあったように感じる。
ランドセルを投げだして、子供の遊びの世界に飛び込んだら、そこには子供の社会がちゃんとあった。大人には言えない秘密や子供なりのルールがあり、子供と大人の世界の境界線がはっきりと引かれていたように思う。


そんな子供時代を過ごした私は、今親として思うのである。どうして、あの頃の親は、あんなに自信があったんだろうと。子供の気持ちを先回りすることなどなく、どっしりと構えていられたんだろうと。子供が泣いて帰ってきたら、ただ泣き止むまで抱きしめてくれるだけ、その理由を聞き出し、解決してあげようなんてことまではしない。
親に絶対的に守られていることが、子供の心の一番の安定だと知っていたから? それとも面倒くさかったから? 


今の親は昔の親よりはるかに忙しいと思う。たくさんの子育ての本や、子供の心理の本の出現により、子供の気持ちを考え、子供にとって何が一番いいか、先回りせずにはいられない。傷ついて泣いているわが子を見たら、その理由を聞き出し、そして、どうしたら解決するか答えを見つけてあげたくなる。いや、その前に泣いて帰ってこないで済むように、どうやって振舞っていればいいのか生きやすい方法を教えてあげたくさえなるのだ。

たとえば、高い塀に登って遊んでいるわが子に、落ちたら危ないから降りなさいというように、経験から知ってる危険を先に知らせてあげるようなことを、すべてのことにおいてしてあげたくなるのだ。
傷ついたら、可哀想。失敗したら、困るだろう。こうしたら、間違いない。それはみな、親の経験上わかっていることだからだ。

でも、この本を読んで、自分の子供時代をもう一度思い出し、子供の世界に触れ、思い出した。経験から学ぶことの大きさを。そして、子供の気持ちを。

私も未熟な親だ。子どもにとって何が良いのか絶対的な自信なんてない。親が子供のことを思い、敷いてあげるレールが必ずしも悪いとも思わない。でも、この本を読んだ後、思ったのである。

「親が思っているほど私たち子供は、ヤワじゃない」

子供だったあの頃の私が、親である今の私にそう言っているような・・・そんな気がした。



←同世代の男性に特にお薦め

1日1ポチお願いします。大きな励みになります。


*コメント承認制のため、コメントが反映されるまでに少し時間が掛かります。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

7月15日に書いた記事 で紹介した「最後の授業」の著者ランディ・パウシュ教授が、25日に亡くなられたそうです。心よりご冥福をお祈りします。