前にスクールに通いだしたと書いけど、
今日で、全5回の講座が終わった。

なんのスクールか書くのは
とても恥ずかしいのだけど、
言っちゃうと、小説の教室だ。

スクールに通おうと思ったきっかけは、
去年、歌川さんのこの本を読んだこと。
 


デブな女の子・たまみが紆余曲折しながら
前向きに生きる泣いて笑って
「痩せたら幸せになる」ではなく
自分を好きになるため格闘していく物語。

読んだ後、感動して涙がこぼれた。

でも、その後、
まったく別の涙がこぼれてきた。

1

高校時代、大学時代、
CAをしているときも小説を書いていた。

夫はもう忘れたかもしれないが、
新婚時代のこと。

散歩の途中で
椎名誠さんの家の前を通った時、
私は手を合わせて拝んだわ!

2

そして、その後、
頭の中の小説の構想を夫に話した。

普段、私のことを褒めない夫が
(私の得意のモノマネだって、
1回だって褒めたことないし)

3

夫が珍しく褒めてくれたから覚えてる。
嬉しくなって、私は夫の前で誓ったわ。

4

でも、CAの仕事に追われ、(言い訳)
そして、子供が生まれて(少し言い訳)

次女が生まれた後は、
ブログを書くことに夢中になった。

5

あのストーリーは頭の中に
まだ在りつづけていたけど
どんどんどんどん
その存在は小さくなり
やがてこう思うようになった。

6

でも、歌ちゃんの痩せる石鹸を読んだら
あの、夫と歩いた時の風景が
フラッシュバックしてきたのだ。

7

でも、締め切りがない課題に
向き合うって本当に大変なことだ。
明日やろう、明日から書き始めよう
そう思っているうちに
またどんどん時は過ぎていく。

そこで、私は思ったのだ。

8

実は、小説のスクールに通うのは
今回が初めてではない。

大学入学と同時に、
私は小説の学校に1年間通った。
今でも月謝の額を覚えてる。

9

お金があったら、
おしゃれに費やしたい!
そんなお年頃だった私には
大きな出費だったから。

生徒は15名ほど、
10代は私ともう1人男の子がいて、
あとは40代〜60代のおじさんおばさんばかり。

みんな、大学生の私でも知ってる
名の知れた企業に勤める人たちだった。

授業は、定期的に作品を提出して、
それを先生とみんなで講評する。

授業が終わると、
おじさんたちは連れ立って飲みに行くのがお決まりだった。

10

学生の私が普段行かないような
ちょっと高めのお店で
おじさんたちはいつも文学青年のように
自分の小説の構想など語り合うのだ。

私は、そんなおじさんの話を聞きながら
心の中で思っていた。

11

私は、まだ若い!
私には、この人たちがすでに失った時間がある。
私には、まだ希望があるわ!

12

今、私は、ちょうど
当時の彼らと同じくらいの年齢。
小説のスクールに通いだし、
そんな私はまだ夢の途中。

あの頃の私が見たら、なんて言うか?

スクールが終わった今日、
私は、あの頃のクソ生意気な自分に言ってやりたいわよ!

13

たった5回の講座ではあったけど、
参加してよかった。
書くことの楽しさを思い出し、
技を学び、課題を提出し、
この歳でも、学び多い、
とても充実した時間だった。

生かしていくかが、一番の課題!





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課題は三百枚の小説を想定した中の泣けるシーン1200文字だったのだけど、普段、いかに笑いを取るかばかり考えてる私には、難題でしたよ。でも、眠っていた頭の中のカメラが少しだけど、動き始めたそんな気がする。このスクールは5回で終わって、同じ先生の授業を受けるとなると、平日の夜になってしまうの。
スクールに通うと、やっぱり同じ志の人たちに囲まれ、刺激を受けるのは確かで、できれば通いたいのだけど。週1、夫に早く帰ってきてもらうか、次女が中学にあがるまで半年間待つか・・・迷うところだ。