母の物忘れの記事を書いたところ
同じ問題を抱えている方が多いことを
改めて実感した。

そう、同世代の友達と
親のことについて話すと
みんな口を揃えてこう言う。

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うちの母の場合も、まさに
玉手箱を開けたかのような感じだった。

2年前に遡る。
父の目が見えなくなって、
私の父(1)それはある日突然に

その頃から、母が怪しくなっていった。

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父も目が見えなくなった当初は
見えないことでパニックに陥り、
その苛立ちを母にぶつけていた。

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当時の母のことを思うと
本当に大変だったと思う。

70半ばで、頼りの夫の目が見えなくなり、
父の日常生活のすべてを
母が面倒を見なければいけなくなったわけだから。

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そんな母を気遣って、
私と姉は父を週に2回デイケアに
行かせることにした。

父は、デイケアを嫌がることなく
むしろ心待ちにするようになり、
これで母もストレスから解放される
そう思ったのだが
母の情緒不安定は変わらなかった。

その頃から

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そんなことを繰り返すようになり・・・

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そして、今にして思えば
この頃から母の記憶が曖昧になっていった。

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そんなことが何回か続き

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姉と連れ立って、
認知症専門の先生の講演会に出向き
講演後に相談に乗っていただき、
後日、その先生の病院に
母を連れて行くことにした。

長谷川式テスト、MRI、面談などを受けのち、

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ひとまず安心して帰ってきたのだが・・・

結果に反して、母は日に日に
できないことが増えていった。

洗濯物は洗濯機の中に
洗ったまま放置されていたり・・・

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そして、ゴミだ。
実家に行くたび、ゴミが溜まっている。

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すると、母はこう言った。

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見れば、生ゴミの中に缶や瓶が
ごっちゃに入っている。

これでは、収集してもらえないはずだ。

親が日常生活で、できないことを
私たち娘が手伝わなければいけなくなった。

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姉にはいつも頭が下がるのだが、
姉が週3、4回実家へ出向き、
私は週1で実家に行き、
洗濯物とゴミを実家から持って帰って来る。

何が辛かったかといえば、
真夏のゴミの分別だ。

実家から持って帰ってきたゴミを
自宅のガレージで分別するのだが

悪臭と虫に、泣きそうになる。


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夏が好き、冬なんかなくてもいい!
今までは、そんな風に思ってきたが、
今年ほど夏を恨めしく感じたことはない。

それでも、ゴミを分別しながら
私はいつも思い出していた。

母が元気だった頃、
口癖のように言っていた言葉。

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そして、思うのだ。

もしあの頃の母が、
今の私を見たら・・・?

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昔の母が、どこかで今の私を見て
ごめんねと泣いてるような気がして・・・

そうだ、母だって、こんなこと
させたくてさせてるんじゃない。

そう思うと、
私は慰めらるというか・・・
やらなきゃ!と思えるのだった。

いや・・・でも・・・
真夏の生ゴミ分別には
いつもメンタルやられるのだった。



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姉の負担が大きかったのだろう。父も母も姉に甘えていた。私も姉に甘えきってた。ついに姉は体調を崩してしまった。しばらく健康を取り戻すことに専念しなければならなくなった。今まで姉がやってきたすべてのことを、私がバトンタッチすることになるわけだけど・・・私は今、不安でいっぱい。(こういうところ、いくつになっても次女)そんな私を思い、姉が母の介護認定を申し込んでくれたのだ。それが先に書いた母の介護認定の話の経緯だ。姉は「あんたが全部抱え込むことはないよ!あなたにはあなたの生活や人生があるんだからね」と。いや・・・本当、今まで気づいてあげれなくてごめん、姉にも姉の生活や人生があるってことに。