小・中学校を過ごした台北日本人学校、
その同級生のグループラインに
海外に住んでいるH君から
画像が送られてきた。

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H君の横に
我々より少し年配と見られる男性が映ってた。

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ところが、その下の文章を見て
びっくり!

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N先生は、某国に行くトランジットで
H君の住む国に立ち寄ったとのこと。

N先生は、私たちが中学3年生の時の担任だった。
とにかく熱い先生だった。

36年経ってもよく思い出すことがある。

教壇の上に花瓶に挿したバラの花があった。

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ある日、いつも通り教室に行くと
黒板にこんな文字が書いてあった。

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みんなはわかっていた。

先生は、この文字を見て、
心優しい誰かが
水を替えてくれるだろうと期待してることに。

でも、誰も替えなかった。

そして、翌日、
黒板には書かれていた。

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それでも、私たちは替えなかった。

先生は日に日に不機嫌になって
口も利かなくなった。
教室は険悪なムードに包まれていった。

毎朝、先生は、
朝のホームルームで教室に来ると
濁った花瓶の水を確認し、
無言まま、黒板の文字を消す。

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怒りで肩が震えているのがわかる。

先生の機嫌を直すのは簡単だった。
誰かがバラの水を替えればいいのだ。

でも、私たちは替えなかった。

なぜそこまで意固地になっていたのだろう?

思春期の私たちは
誰かに「良い子ぶりやがって」と
思われたくなかった。

それに、私たちは反抗期真っ只中で

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大人が期待していることに
素直に従うのは負けだ!
そんな反抗心があったから。

意地の張り合いは、
バラが枯れたことで終わりを告げた。

朝学校に行くと

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その後、どうなったのか・・・
残念ながら
今の私の記憶には残っていない。

覚えているのは
絶対に替えてやるもんか!の当時の反抗心だけ。

その話をラインに書いたら
みんなも先生の熱い思いに反発した
それぞれのエピソードを
いろいろ書いて・・・
(案外覚えているものなんですね)

先生、当時いくつだった?
という話になって、

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H君がみんなの気持ちを代弁してくれた。

先生も若かったし、
反抗期真っ只中の我々の扱いに
手を焼いていたんじゃ?
それでもおそらく初めての担任で
思い出深いようだった。
当然だけど、今の方が自然に話ができるしね


本当そうね、
当時は反抗ばかりしていたけど、
この歳になれば、
若くて熱かった先生の思いが
反抗期の私たちによって空回りし、
先生も大変だったと思うもの。

今から36年前に戻って
ひと言アドバイスしてこようかしら?


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だけど・・・
たぶん15歳の私は思うんだろうな。

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まぁ、反抗期とはそんなものか?

とにかく36年経った今でもN先生は、
台湾の暑さに負けないくらい
熱い先生だったことは、
我々の記憶の中に、しっかり刻まれてる。





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Facebookで先生と繋がり、36年ぶりの再会を果たしたH君。今の方が自然に話ができたって、H君の気持ちすごくわかる。とにかく熱い先生に、反抗期の私たちは、反発しまくりでしたよ。でも、海外の慣れない地で、若いN先生は一所懸命頑張っていたんだなと・・・H君からのラインで気づきました。それにしても、H君はすごいわ。私は、この歳になってもまだ照れくさくて1対1でなんて会えないよ。人生で一番大人を馬鹿にしてただろう自分、そんな頃の自分を知ってる先生に会うのは恥ずかしい!会っても途端に下を向き、無口になるよ。でも、いつも不思議に思うのは、私たちは人生で出会う先生は限られているから、覚えているのもわかるけど、先生はすごい数の生徒に出会うわけで・・・なんで覚えていてくれるんだろう? H君が私がブログ書いてることを話したら「なんかわかる!」と言ってたそうで、ちょっと泣きそうになってしまった。