「デパートに行く!」がイベントだった頃
この頃、老舗デパートが相次いで閉店し行きますよね・・・。
来年三月には吉祥寺の伊勢丹も閉店すると聞いて、
姉と2人で何だかしんみりとしてしまった。
私たち姉妹にとって、吉祥寺の伊勢丹は、
子供の頃の思い出がたくさん詰まったデパートだった。
クリスマスが近づくと、母方の祖母と吉祥寺伊勢丹の前で待ち合わせて、少し早めのクリスマスプレゼントを買ってもらうのがお決まりだった。母だったら、
「そんな下さらないものじゃなくて、もう少し役に立つものにしなさい」
と言われるだろうものでも、祖母はそんなことは一言も言わず、
ただ黙って、自分たちの欲しいものを買ってくれた。
だから、私にとって吉祥寺伊勢丹というと、
自分の欲しいものを買ってもらえる夢のような場所、
そんな思い出が詰まったデパートがなくなるのは、本当に残念だ。
昭和な子供だった私にとって、デパートに行くというと、
ちょっとしたイベントだった。
今日はデパートに連れて行ってもらえる!
私たちは大喜びだった。
皆でちょっとお洒落をして、デパートに行くのだ。
デパートに行くと、一番に向かうのが、そう! レストラン。
和洋中のメニューが勢ぞろいのショーケースは
眺めているだけでワクワクした。
でも、決まって頼んだのは・・・そう! お子様ランチ。
↑お洒落な服を着ているにもかかわらず、お子様ランチって
洋服汚しそうなものばかりだよね・・・
隅の席は4人掛けテーブルとかあるんだけど、
中央の方には相席しなければならない
大きなテーブルが置かれていた。
テーブルの上にはお決まりの湯のみ・・・。
あっ、この古典的な柄の湯のみで思い出すのは、
刑事ドラマよね?
取調べ室で容疑者の前には決まってこの湯のみ。
そして、ライトも必ず・・・。
口を割らない容疑者は、顔面にライトを当てられる。
でも、依然口を割らない容疑者。
その時、この人の登場よ・・・。
ガチャ!! (ドアの開く音)
山さんは静かに言うわ。
取調べにはカツ丼がよく似合う。(ホントか?)
カツ丼を前に山さんは穏やかな口調でこう言うの。
「田舎のお袋さんに心配掛けんなよ・・・」
この言葉を聞いた容疑者の目に浮かぶのは・・・
優しかったお袋・・・女手一つで俺を育ててくれたお袋・・・。
大人になったら、一杯親孝行するんだって、思っていたのに・・・。
何だ、このザマは?
コンクリートジャングルが俺を狂わせちまったのさ!!
容疑者は静かに口を開くのだ。
「ム所を出たら、生まれ変わって・・・、
田舎に帰って、お袋に親孝行したいス・・・うぅ・・・」
さすが、「落としの山さん」、決して脅さず、情に訴え、
今回もまた容疑者の口を割ることに成功した。
と、水玉湯のみで脱線してしまったわ!
話を元に戻して・・・。
デパートの食堂、まずは入口で食券を買うの。
それをテーブルの上に置いて待つこと数分。
ウェイトレスさんがその食券を見て、席に来る。
慣れた手つきでパラパラとその食券を確認して・・・
そして、食券をまとめて、手でちぎり切るのだ。
昔のウェイトレスさんって、今みたいに笑顔ではなかったように
思うんだけど、でも、その食券を切る姿から
「プロフェッショナル」的雰囲気が漂っていたような・・・。
半券を置いて、席を離れ、そして、料理を運んできた時に
残りの半券を持って行くの。
よく姉とそんなレストランごっこをしていたわ。
レストランで食事を済ませると、
母の買い物に付き合うことに・・・。
でも、子供にとっては退屈なこと極まりない・・・。
「まだ?」「ねぇまだ?」攻撃に嫌気が差した母が、
いつも決まって、私たちを連れて行くところがここ!
そう、おもちゃ売り場。
何か買ってくれるのかと期待してはいけない。
ここで、おもちゃを見ながら、待っていなさいというのだ。
今じゃ子供だけ残してなんて考えられないけど、昭和の時代、
おもちゃ売り場には、母親の買い物を待つ子供たちで溢れていたわ。
そしてね、帰りは待っていたご褒美に地下の食料品売り場にある、
クルクル回るお菓子バイキングに連れて行ってもらえる。
知ってるこれ? この円形のお菓子の入ったケースが
グルグル回っているの。
夫に同意を求めると、「そんなの俺、知らない~」なんて!!
あったよね? これ! あったと言って~!
欲しいものを取って、かごに入れ、最後は計ってお金を払うっていうやつ、昔のデパートにはあったよね? 私はこれが大好きだったわ。
こんなものがあったわ・・・。
あっ屋上遊園地に連れて行ってもらうこともあったわ。
そうそう、この間、ワイドショーだったかで・・・
なぜデパートの屋上遊園地が姿を消したのかという話題をやってたんだけど、どうもそれによると、週休2日制の導入が関係しているらしい。昔は日曜日しか休みじゃなかったから、
買い物に行きたい親と遊園地で遊びたい子供、この両者の希望が叶えられる所がデパートだったんだって。
でも、週休2日になり、1日は買い物、1日は遊園地に行かれるようになり、デパートの屋上遊園地は衰退して行ったそう・・・。
なるほど! と思った。
さて、そんなデパートでの1日が終わり、
帰りの電車の中、母も私たちも大満足で
「あぁデパートは楽しかった!」とコクリコクリ・・・
これが決まりの帰宅風景・・・。
デパートに行くのが、大きなイベントだった頃のお話・・・。
と、ここまで書いていたら、夫が覗き込んできて、
こんなことを言い出した。
あれだよ! あれ!
昭和の食堂のテーブルには決まってあっただろ?
おぉ懐かしい! あったよ! これ!!! あった!
食事が運ばれてくるのを待っている間によくやったもの!
でも、100円って、当時にしちゃ高くない?
50円だった? それとも20円とか? もう思い出せないけど・・・
でも、食堂のテーブルの上には必ずといっていいほど、
これがあった! ことは今でも鮮明に覚えている。
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前回の記事にもたくさんのコメントをどうもありがとうございました。早速青竹踏みをやってみた方もいらっしゃるようですが、どうでしたか? 青竹踏み効果、実感できましたでしょうか? 手軽な青竹踏みで多くの方の足の浮腫みと血圧が下がりますように! 願ってます!
では、今日も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
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ある日父に「出てけ!」と言われた母は私の手を引っ張って電車に乗り、デパートへ連れてくれました。そして「あこた、何でも好きな服買いなさい」と言われ、白のフワフワのセーターを買って貰いました。多分高かっただろうな。雪国で着れるような厚地のセーターでした。そのあと、レストランでパフェとハンバーグ食べて。そのあと何もなかったように帰りましたが、ぷんぷんしていた母は「富士山だってたまには爆発しなきゃやってらんないのよ」と言っていました。
母は実家が大阪だったし、なかなか気軽に帰れなくて可哀相でした。今は、生まれた和歌山の海が見たいとよく言います。そんな簡単に仕事休めないの、と私の言い訳かな。連れて行ってあげたいわね。