ブログをしばらく休んでました。

実は、先週の木曜日に
私の父・ヒロシが他界しました。

今年の夏休み、
3年ぶりに家族旅行でハワイに行き、
その間、母はホームで
父と10日ほど一緒に過ごしました。

そして、母が自宅に戻り、
その2日後の水曜日のこと。

ホームから連絡があり、
父が食事や飲み物をほとんど
受け付けなくなったと。

「看取りの時期を迎えたかもしれません」

看取りに関しては、
姉と今まで散々話し合ってきたし、
ある程度の覚悟はしているつもりでした。

でも、実際、その言葉を耳にしたら、
とても動揺してしまいました。

コロナ禍で面会はできないのですが、
特別に金曜日、
父に会わせてもらう約束をしました。

ところが、木曜日の早朝。
ホームから再び電話で

「ヒロシさんの容態が急変し、呼吸も怪しくなってきたのですぐに来てください」

急いで起き、化粧もせずに
姉と長女とすぐに車で駆けつけましたが
私たちの願いも虚しく、
父の最期には間に合いませんでした。

母にたっぷり会えたから
満足して逝っちまったのかい!
あと少し娘のことも待ってくれたらいいのに、
なんてせっかちな父なのよ!

でも、人を笑わせることが
大好きだった父なので、
苦しい姿をきっと娘たちには
見せたくなかったのかなぁと。

亡くなってからはバタバタで
悲しむ間もなく(いや、泣いたけど)
葬儀会社に連絡したり、葬儀の場所や日程
祭壇に飾る花はどうするか、遺影の写真とか・・・。

コロナ禍で家族葬にしたのですが、
それでも、いろいろすることはあって。

つつがなく父を見送らねば!
悲しいけど、
これが最後の父への孝行だ!


葬儀の間は、
慌ただしく、泣く暇もなかった。
(いや、泣いたけど)


でも、葬儀が終わり、
実家に戻って、父の遺骨を手に、
階段を一段一段登っていたら
涙がじわじわ溢れてきて

2階の父の部屋に入ったら
もう我慢できなくなって、
子供みたいにわんわん泣いてしまった。
泣き虫ヒロシも、
びっくりの泣きっぷりだった。

それでも、夜は
賑やかな場が好きな父を想い、
家族で大宴会した。

父の好物を並べて
父の写真の口元に食べ物を運んで
食べさせてる真似をしてたら

そんな私を見て
長女が「オタ活か?」と言って、
みんなで大笑いした。

父を失ったことはとても悲しい。
だけど、家族で父の思い出話が始まると
自然と可笑しくて、ついみんなで笑ってしまう。
ほんとに、死んでもなお人を笑わせる、
父はどれだけ愉快な人だったんだろう。

1番のお笑い担当の父が
いなくなってしまった穴は大きい。
でも、私も父に負けないわ。
笑い溢れる人生を送ろう!
それが1番の供養になると思うから。


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1日のうちで、悲しいモードになる時もあるけど、遺影の父を見てると、不思議となんだか明るい気持ちになるんですよ。愛情深い、ユニークな人だったんですよ、父は。ブログを通し、父・泣き虫ヒロシのことを愛してくださった皆さん、ありがとうございました。もう少し先になると思いますが、いつか父のこともまた描きたいなと思います。明日からは、またいつものようにブログを書こうと思います。ハワイネタも面白いと思うから!