ホームステイしていた時の日記から⑤行ったばかりの頃
1989年にケンタッキーに
ホームステイしていた時の日記より。
当時日記に描いていた下手な絵に
現在の下手なイラストを付け加えております
※は今の私の説明&ツッコミ
到着2日目の日記より
東京にいるときは、昼まで寝て、1日を無駄にするのが得意だったのに、7:30AMにパッと目が覚めた。

アメリカはすごい!寝坊助を早起きに変えるんだから。
ジョー・キャロルと息子のショーンは、仕事とおじさんの手伝いで家にいなかった。
広い家をうろうろ歩き回り、手紙を書いたり(※今ならLINE)、あのスイカ女(※トランジットで置いて行かれた彼女のことをスイカ女と呼んでる。その理由は思い出せない)に返すのを忘れた漫画を読んで過ごす。
5:30PMにジョー・キャロルが帰ってきて、夕飯を2人で作る。
チキンを揚げ、トマトの缶詰、チーズをこれでもか!と入れた料理。とても美味しかったけど、太りそー。
ジョー・キャロルはいつも必ずダイエットペプシを飲み、砂糖は使わずスイート・ン・ローを使う。

なのに、食後に食べに行ったアイスがすごかった。見ただけでも3キロは太りそうだ。

それをジョー・キャロルもショーンもペロリと平らげる。
私は彼らの3倍の時間がかかった。
ジョー・キャロルは、食べながらしきりに言っていた。

※この時は、そんなことを書いているが、その後、誰よりも早くアイスクリームを食べ終わる私に成長した
翌日
今日は8:00AMに起き、シャワーを浴び、ショーンの車で町を流した。(※流した…時代を感じる)
彼の車は私が生まれた年の1967年のコルベット。すっごい音がするが、かっこいい!

ショーンの英語は、聞き取りづらく、また私の英語もジョー・キャロルほど通じない。
彼によく言われた。

昼、ジョー・キャロルのオフィスに電話。15分後に彼女が迎えにきて、ポリスマンの表彰式?(バッチを配る)に参加した。映画「ポリスアカデミー」のようだった。私も1枚持ってきたワンピースとハイヒールで参加した。
その後、ジョー・キャロルのオフィスでTシャツとジーパンに着替えて、ショッピングモールで降ろしてもらい、2時間1人で買い物。
アメリカっぽいカードをたくさん買った。みんなに手紙を書くためだ。(※LINEもなかったしね)
1人のショッピングはワクワクと不安でいっぱい。
3階に上がった瞬間、やばいと思った。そこはマクドナルドやファーストフードの店が並び、黒人のキッズしかいない。(それも不良っぽい)
私は彼らと目を合わせぬようにエスカレーターの反対側から下のエスカレーターに向かった。
その時、その1人が私に向かって何か言った。

それを聞いて周りの男の子たちが大笑いした。なんて言った? 何を笑った? 怖かった。
その後、トイレに向かったとき、トイレの前の公衆電話(※携帯ないから)で黒人の不良っぽい男の子が電話していた。私を見ると、上から下までジロジロ軽蔑したような目で見て、薄気味悪い微笑みを浮かべた。
(※今にして思うのは、多分、当時の田舎町、アジア人の女の子は珍しかったんだと思う。私も自意識過剰で被害者意識の塊になっていたようだ)
トイレはもう我慢できる状態ではなかった。ダッシュで個室に駆け込んだ。でも、アメリカのトイレはどこも床から20〜30cmは空いていて、天井もない。西部劇の酒場のドアみたいだ。

もし私のことをジロジロ見ていた彼が追いかけてきたら?
上からも下からも個室に入ってくることは可能だ。私はソッコー用を足し、服を上げ、トイレを出た。あんなに焦ったトイレタイムは、今まで生きてきた中で一度もなかった。
5時にジョー・キャロルが迎えに来てくれて、無事に帰る。夜は、キャベツの酢漬けの缶詰とソーセージを炒めたものとマッシュポテト。美味しかった!(※基本何を食べても美味しいと書いてある)
夕食の後、カラテ・キッド(邦題:ベスト・キッド)のビデオを見る。ジョー・キャロルは1つ1つ丁寧に説明してくれた。
ミスター・ミヤギという日本人のカラテの先生が出てくるんだけど、彼の英語はわかりやすい。そのことをジョー・キャロルに言うと、驚いていた。

(※要するにジャパニーズイングリッシュなのね!でも、その後の滞在中、ミスター・ミヤギがコルゲートのTVCMに出ていて、英語をネイティブにしゃべっていたことに衝撃を受けた)

映画の途中、ジョー・キャロルがイビキをかいて寝始めた。きっと私のおもりで疲れたんだろう…。ベスト・キッドはすごく面白かった!
【Amazon】
カラテ・キッドは1984年、カラテ・キッド2は1986年に上映された映画で、いじめられっ子のダニエルがミスター・ミヤギに出会い、カラテを習い、いじめっ子をやっつけるという話。アメリカ人が大好きストーリー。滞在中、カラテ・キッド2も見て、私もすっかりこの映画の大ファンに。去年、ジャッキー・チェーンが師匠の『カラテ・キッド・レジェンズ』が公開されたけど、北京からニューヨークに来て、不良に目をつけられたリー青年がカラテとカンフーで不良に立ち向かうストーリー。なんと少年だったダニエルが空手の師匠として登場して、私は泣きそうになったわ。見る前から結末はわかってるけど、すごく面白かった!そして、アメリカのリビングで見たあの頃を思い出し、懐かしさで胸がいっぱいになった。
ホームステイしていた時の日記より。
当時日記に描いていた下手な絵に
現在の下手なイラストを付け加えております
※は今の私の説明&ツッコミ
到着2日目の日記より
東京にいるときは、昼まで寝て、1日を無駄にするのが得意だったのに、7:30AMにパッと目が覚めた。

アメリカはすごい!寝坊助を早起きに変えるんだから。
ジョー・キャロルと息子のショーンは、仕事とおじさんの手伝いで家にいなかった。
広い家をうろうろ歩き回り、手紙を書いたり(※今ならLINE)、あのスイカ女(※トランジットで置いて行かれた彼女のことをスイカ女と呼んでる。その理由は思い出せない)に返すのを忘れた漫画を読んで過ごす。
5:30PMにジョー・キャロルが帰ってきて、夕飯を2人で作る。
チキンを揚げ、トマトの缶詰、チーズをこれでもか!と入れた料理。とても美味しかったけど、太りそー。
ジョー・キャロルはいつも必ずダイエットペプシを飲み、砂糖は使わずスイート・ン・ローを使う。

なのに、食後に食べに行ったアイスがすごかった。見ただけでも3キロは太りそうだ。

それをジョー・キャロルもショーンもペロリと平らげる。
私は彼らの3倍の時間がかかった。
ジョー・キャロルは、食べながらしきりに言っていた。

※この時は、そんなことを書いているが、その後、誰よりも早くアイスクリームを食べ終わる私に成長した
翌日
今日は8:00AMに起き、シャワーを浴び、ショーンの車で町を流した。(※流した…時代を感じる)
彼の車は私が生まれた年の1967年のコルベット。すっごい音がするが、かっこいい!

ショーンの英語は、聞き取りづらく、また私の英語もジョー・キャロルほど通じない。
彼によく言われた。

昼、ジョー・キャロルのオフィスに電話。15分後に彼女が迎えにきて、ポリスマンの表彰式?(バッチを配る)に参加した。映画「ポリスアカデミー」のようだった。私も1枚持ってきたワンピースとハイヒールで参加した。
その後、ジョー・キャロルのオフィスでTシャツとジーパンに着替えて、ショッピングモールで降ろしてもらい、2時間1人で買い物。
アメリカっぽいカードをたくさん買った。みんなに手紙を書くためだ。(※LINEもなかったしね)
1人のショッピングはワクワクと不安でいっぱい。
3階に上がった瞬間、やばいと思った。そこはマクドナルドやファーストフードの店が並び、黒人のキッズしかいない。(それも不良っぽい)
私は彼らと目を合わせぬようにエスカレーターの反対側から下のエスカレーターに向かった。
その時、その1人が私に向かって何か言った。

それを聞いて周りの男の子たちが大笑いした。なんて言った? 何を笑った? 怖かった。
その後、トイレに向かったとき、トイレの前の公衆電話(※携帯ないから)で黒人の不良っぽい男の子が電話していた。私を見ると、上から下までジロジロ軽蔑したような目で見て、薄気味悪い微笑みを浮かべた。
(※今にして思うのは、多分、当時の田舎町、アジア人の女の子は珍しかったんだと思う。私も自意識過剰で被害者意識の塊になっていたようだ)
トイレはもう我慢できる状態ではなかった。ダッシュで個室に駆け込んだ。でも、アメリカのトイレはどこも床から20〜30cmは空いていて、天井もない。西部劇の酒場のドアみたいだ。

もし私のことをジロジロ見ていた彼が追いかけてきたら?
上からも下からも個室に入ってくることは可能だ。私はソッコー用を足し、服を上げ、トイレを出た。あんなに焦ったトイレタイムは、今まで生きてきた中で一度もなかった。
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カラテ・キッドは1984年、カラテ・キッド2は1986年に上映された映画で、いじめられっ子のダニエルがミスター・ミヤギに出会い、カラテを習い、いじめっ子をやっつけるという話。アメリカ人が大好きストーリー。滞在中、カラテ・キッド2も見て、私もすっかりこの映画の大ファンに。去年、ジャッキー・チェーンが師匠の『カラテ・キッド・レジェンズ』が公開されたけど、北京からニューヨークに来て、不良に目をつけられたリー青年がカラテとカンフーで不良に立ち向かうストーリー。なんと少年だったダニエルが空手の師匠として登場して、私は泣きそうになったわ。見る前から結末はわかってるけど、すごく面白かった!そして、アメリカのリビングで見たあの頃を思い出し、懐かしさで胸がいっぱいになった。


コメント
コメント一覧 (21)
ホームステイ日記、本当に大好き!
楽しみでしかたがない。
カータン好きです。
カータン
が
しました
うちのベスト・キッド大好き旦那が、ベスト・キッドの続編だ!!って興奮して観てました(笑)ダニエル…ラルフ・マッチオが出てますよ。
カータン
が
しました
カラテキッド2、映画館で見たらすんごい盛り上がってコンサートみたいで楽しかった事を思い出しました。
特にミヤギさん登場シーンでダニエルさんを助けるとこなんか、スタンデングでした。
カータン
が
しました
日記に細かく書いてあるカータン尊敬です。
留学時代の日記の記事読むの好きなのでまたお時間ある時ぜひ更新してください。
寒い日が続きますのでお身体お気をつけ下さい。
カータン
が
しました
過去作のオマージュシーンがたっぷりだったようで、カータンはより楽しめたんでしょうね。
ところでこの「ホームステイしていた時の日記から」のシリーズを同名のタグ(カテゴリ)にしてまとめていただけると嬉しいです。
あと「イクコレ」も!!気長に待ってます。
カータン
が
しました
やっぱりトイレは落ち着かないし、
試着室は向こうに隠し扉があって新婚さんが誘拐されたって聞いたので、ムームーを試着する時は
中をじっくり見ていました
何でも食べ物はデカいし、こってりして美味しかった
まだまだ憧れる昭和の女の子だったわ!
カータン
が
しました
カータン
が
しました
ペンネームもそこから来てます。
カータンのこの日記シリーズ好きです
たくましくポジティブに楽しんでいる様子と自分も見てきた時代に懐かしく面白く読んでいます。
カータン
が
しました
今の字と日記の字がだいぶ違うので…
カータン
が
しました
生カータン、とってもかわいかったです🩷
イクコレもステキでした!
カータン
が
しました
K美さんもアナウンサーのような滑舌の良さ。
カータン
が
しました
カータン
が
しました
カータン
が
しました
ネトフリのコブラ会も好きです!
カータン
が
しました
今で言うハーパンよりは薄手で細身のものだった気がします、懐かしい言葉です
昭和のアメリカのトイレは上下左右に大きく隙間がありましたね
順番を待つ人達もちゃんと目を逸らしていてマナーを感じましたがやはり落ち着けるものではありませんでした
カータン
が
しました
カータン
が
しました
カータンの書いたアイスクリームにそっくりの
物を出すお店がありました。
確かバナナスプリットという名前だったような?
懐かしいです💕
カータン
が
しました
「懐かしい!」
って、声が出てしまいました。
44年前、家族旅行でハワイに行った時…8歳の私は、パンツをおろすと丸出しの下半身がドアの外にいる人に見えてしまい、悲しかった思い出があります。
(当時のハワイのトイレのドアは、床から50cmあいていました。後から聞いた話ですが、防犯カメラが無かった頃ですので「直ぐに逃げられるように」と大人の女性が屈んでくぐれるように設定されていたそうです。)
ビーチで仲良しになった『6年生くらいのアメリカ本土の女の子』が同い年と聞いた時の衝撃も忘れられません(笑)
カータン
が
しました