用事があり、
40代の知り合いのお坊さんと
骨董通りで待ち合わせをした。

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言われてみれば、どうなんだろう?

骨董通りは青山通りから六本木通り方面にへ伸びる道。
もともとは「高樹町通り」と呼ばれていたそうだが、
1980年代初め、
この辺りに骨董品店が多かったことから
古美術鑑定家の中島誠之助さんが
「骨董通り」と名づけと言われている。
それが雑誌などで使われるようになり
広く定着していったそうだ。

そう、
若かりし頃の私と友人。

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そんな会話を口にするだけで、
私たち、カッコいい女です!みたいな優越感があった。
(今思えば、若気の至り)

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次々に蘇る、通りの名。
公園通り、文化村通り…。

家に帰って、娘たちに聞いてみた。

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かろうじて、その2つの名前はわかったけど、
場所は知らないと?

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それだよ!!
考えてみれば、私たちの頃は

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そんなふうに
道を辿って目的地を説明していた。

自分の頭の中にも
相手の頭の中にも
街の地図があった。

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今はスマホで店詮索。
ピンを立てれば、
あとはGoogleマップが
目的地まで連れて行ってくれる。

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私たちは街を「線」で覚えていたけど
今は「点」で行けるんだ。

通りの名前を知らなくっても
何の問題もないわけね。



   

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センター街は、さすがに娘たちも知ってた。ところが調べてみると、センター街のメインストリートの一部には、2011年から、「バスケットボールストリート」、通称「バスケ通り」という名前がついているらしい。今の若者は昔の通りの名前を知らないのね〜なんて思っていたけど、私、「バスケ通り」こそ知らなかったわ!