ハワイに来るたびに思っていた。

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昔に比べれば減ったとはいえ、
レストランには
日本語のメニューがあったり、

ホテルには日本語を話せるスタッフがいたり、
街を歩いていても日本語を目にすることが多い。

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ずっと、そう思っていた。


でも今回、
ふと気になって調べてみたら、
それだけではなかった。


ハワイと日本のつながりは、
私が思っていたより、
ずーっと古くて深かったのだ。

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そこで海を渡ってやってきたのが、
中国、ポルトガル、
日本、韓国、フィリピンなど、
さまざまな国からの移民たち。

日本からも1885年以降、
大勢の人たちがハワイへ渡った。

最初は

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そう思っていた人も多かったという。


ところが、待っていたのは
厳しいプランテーションでの労働だった。

思うようにお金を貯められず、
日本に帰れない人もいたという。


ハワイに残る人も増え、
やがて家族を持ち、子供が生まれ、
ハワイに大きな日系人社会ができていった。


調べていて驚いた。

かつてハワイでは、
日本人が最大の民族集団だった時代があったという。


えっ? そんなに日本人がいたの?


最初にハワイへ渡った日本人の多くは男性だった。


じゃあ、
その人たちはどうやって

家庭を持ったんだろう?


そこで出てきたのが、
「写真花嫁」という言葉だった。

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写真を頼りに結婚を決め、
まだ会ったこともない男性の待つハワイへ
海を渡った女性たちがいたという。

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写真花嫁の歴史を調べていると
少し胸が苦しくなった。

家庭の事情で送り出された人はもちろん、
でも、中には

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期待を胸に海を渡ってきた女性も多かったという。

しかし、現実は違った。

港に現れた男性は

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少しでもいい写真を撮ろうと
立派な家の前で撮ったり、
借りたスーツを着て撮ったり、
若い頃の写真を使ったりした男性もいたという。

頭の中、気がつけば、
私は写真花嫁になっていた。

期待を胸に2週間の航海を経て、
ようやくハワイに着いたのに
目の前に写真と違った男性が
迎えにきてたら…?

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そのまま引き返したくなる…。

1917年、
20歳で福島から写真花嫁として渡った
田澤ハルノさんの言葉。

写真しか見たことのない男性を頼って、
約2週間も船に揺られてハワイへ。

ようやく着いたと思ったら、
今度はどこまでも続くサトウキビ畑の中を走っていく。


そしてたどり着いた新居は、
故郷の「馬小屋」を思い出すような家だった——。

そして、翌日から
すぐにサトウキビ畑の働き手として働くのだ。

女性は毎朝4時に起きて、
朝食と昼食の準備をしていたという。

20歳といったら、
うちの次女と同じ歳だ。

今ならLINEひとつで済むだろう。

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しかし、当時は違う。
ハルノさんのこんな言葉も残されている。

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そして、私が初めてハワイに行ったのは

20歳のとき。
奇しくもハルノさんがハワイに渡ったのと同じ年だ。

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浮かれまくった初ハワイ。

でも、その70年前、
同じ20歳のハルノさんは
朝から食事の支度をし、
農作業をこなしていたのだ。
このハワイで…。

ハルノさんたちが過ごした、
当時のプランテーションでの暮らしを見てみたい。


そんな暮らしを再現した
「ハワイ・プランテーション・ビレッジ」という場所がある。

行ってみたい!


私の知ってるハワイ。
気候が良くて、海がキレイで
ここは楽園か!

と思うようなハワイではなく
その陰にあった暮らしを見てみたい。

でも、それは「可哀想」とか「気の毒」
という思いからではなく、
今の私が大好きなハワイに
そんな歴史があったことを知ることが
とても大切なような気がしたからだ。

追記:
ハルノさんは1994年、ハワイで亡くなった。享年97歳。


晩年、

ハルノさんはインタビューに答えている。
「ハワイに残ってよかった。苦労したことも報われた」

「海を歩いて帰りたい」

そう言っていたハルノさんが
人生の終わりには
「ハワイに残ってよかった」

と思えたことに
私はなんだか救われたのだった。


   

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行く前に写真花嫁についていろいろ調べた。10代で海を渡って遠く離れたハワイに? そして、そこで待っていた過酷な生活。自分だったら…そう考えるたびに胸がキュッと締め付けられた。でも、調べれば調べるほど、彼女たちをただ「かわいそうな人たち」と思うのは違うような気がしてきた。知らない土地で働き、家庭を築き、子供を育て、そこで人生を生き抜いた女性たち。私が「ハワイ最高!」と浮かれて過ごしているこの場所で、そんな人生を送った日本人女性がたくさんいたことを、私は今まで知らなかった。知ってから見るハワイは、きっと今までとは少し違って見える。そんな気持ちで、プランテーションビレッジに向かった。