からのつづき

プランテーションビレッジに行くことを決め、
日本から直接、
公式サイトに載っていた連絡先に
メールを送った。

・プランテーションビレッジに興味があること
・家族4人で参加
・日本語のガイド希望
・希望の日付(いくつか)

もちろん、英語で。
でも、超簡単。

なぜなら

260912−1

チャッピー、秒で返してくれる。
それをコピペして送れば完了。

行く日が決まった。
10時からツアーが開始されるそう。
代金は、当日現地で払えばいいそうだ。

その日、ハワイの友人・Mちゃんが
車を貸してくれたので、車で行った。

遅れたら怖いので、余裕を持って
ヒルトンホテルを8:50に出発。

プランテーションビレッジがあるのは、
ワイパフという町。

「ワイ」はハワイ語で「水」、
「パフ」は「噴き出す」という意味で、
かつてこの辺りにあった湧き水に由来する名前だという。

260912−2

9:30 、プランテーションビレッジに到着。

EF154C8E-5A64-444D-8756-4CE94586EBDE

受付で入場料1人25ドル、
4人で100ドルを支払う。
念の為、現金を用意していたが、
クレジットカードが使えた。

ツアー開始まで指定の場所で待っていると

260912−3

まずは、施設内の展示物を見ながら
話を聞いた。

ガイドさんの説明は、
ハワイに最初に渡ってきた
ポリネシア人の話から始まった。

星や太陽、風や波を頼りに
広い海を渡ってきたという。


この話もすごく興味深かったのだけど、
書き始めると長くなるので、
今回は日本人移民の話に絞る。


日本人が集団でハワイに渡った始まりは、
1868年(明治元年)。


153人の日本人が「サイオト号」に乗って、
ハワイへ渡った。


260912−4

彼らはのちに、
明治元年に渡ったことから
「元年者(がんねんもの)」
と呼ばれるようになった。


実はこのとき、
日本政府から正式な渡航許可が下りないまま、
船は横浜を出港したという。


彼らもまた、
ハワイのサトウキビ農園で働くことになった。

ガイドさんによると、
彼らは物静かで働き者だったことから、
現地でも高く評価されていたという。

それから13年後の1881年、
ある人物が日本を訪れる。

カラカウア王だ。

260912−5

その後、1885年から
日本政府公認の移民が本格的に始まった。

そして日本だけでなく、
中国、フィリピン、韓国、
ポルトガル、プエルトリコなど、
さまざまな国や地域から人々が
サトウキビ農園で働くために
ハワイへ渡ってきた。


F0DE5244-E375-4BB1-BE14-58D511A378ED


9D204620-7CCA-49F6-A876-A4732151FECB


260912−6

当時の村の様子。

7098DE2A-38FF-42BE-8142-14EF935F5D01

そこに1日のタイムテーブルが書いてあった。

1日のタイムテーブルが貼ってあった。

午前4:00 女性たちは朝食と昼食の準備
午前5:00 起床の笛
午後5:45 電車に集合するか畑まで歩く
午前6:00  勤務開始
午前8:00 スモールカウカウタイム(10分)
午前11:30 昼食
午後12:00 再び仕事へ
午後4:30 終業の笛
午後8:00  消灯の笛

260912−7

このトンネルを抜けると、
向こうには移民時代の暮らしが…
まさにタイムトンネル。

1663F0AF-A4FC-412B-B868-A98B5598E19C

まず目に入ったのは、中国人会議所。

9C5A1458-1DAE-4BF7-B207-2E36504A45DB

なんだか想像していたものよりとても立派。

聞けば、ここには
プランテーション時代の後期に建てられた建物を
移築したものもあるそうだ。


ポルトガル人やプエルトリコ人の家などを
見ながら進み、
入口が2つある日本人長屋へ。

45B8C6B1-1FB1-411B-90C2-4E861F116FFC

仏壇があったり
909E2F72-7E0E-447F-ADD4-894BB5C9007C

日本人形と箪笥があったり…
4A452C65-EFEA-47E5-B96D-6318AED7FFE0

硯と筆
04FDA07E-5F4C-4EE4-960F-9F5A687658ED

裏手には、わかみや稲荷神社。

1606CFBC-A258-441F-9AAD-39F5548ADEB0

日本を離れても、
日本を感じるものに囲まれて、
故郷を思いながら生活していたと思うと
胸が熱くなる。

他の国から来た人たちの住居にも、
故郷の暮らしを感じるものが残されていた。

韓国人住居の裏庭には、キムチの瓶。

0A45B77E-D481-47F5-ADE1-28818F112493

ポルトガル人の住居の裏庭には釜。

S__64708623

遠い異国に暮らしながら、
それぞれが自分たちの文化を大切にして
暮らしていたんだわね。


公共浴場。
こちらは女性用。

C5E92E9D-83CA-430D-868E-F21CB52B66C8

真ん中に敷居があり、男女分かれているが
湯船は下では繋がっている。
こちらは男性用。

71BE6ED9-B363-43E3-99C7-5A7AC210A596

どうしてか男性用の方が2倍広い。
子供たちは潜って
男風呂↔︎女風呂を行き来していたらしい。
(多分自分も子供だったらやってる!)

ほかにも床屋さんや、
よろづ屋、診療所など、
当時の村の暮らしがそのまま再現されていた。

床屋さん
91A62D4B-1875-4482-B89A-C6E11D7EF7E9

よろづ屋
BE952BD4-16E6-48A5-B59D-73C4E1A59423

診療所
37A0B05E-9BED-4F87-BD19-F98AD1E710E4


260912−8

目の前の大きな木を見ると

53187603-19B1-4041-BCA5-E202E0F2C0EC

あれはもしや!

260912−9

こんなところで
パンちゃんの親戚に会えるとは!

260912−10

つい嬉しくなって
パンちゃんの話を熱弁していたら

260912−11

何よ!
ガイドの千晶さんも同世代。
(勝手に決めるな)
大いに盛り上がっていたのに!

そして…
木といったら、もうひとつ。
確かフィリピン人住居の前にあった木。

260912−13

えー!装飾かと思った。
あんな賑やかな木が存在するなんて!

74C3ACA7-C531-41D4-84C9-C8346B0339D0

なんだかこの木を見て
母「イクコ」の全盛期を思い出してしまった。

DB28F7E2-CE7D-4FFF-8CF9-A4A33C5D4B12

私の中で、
キャノンボールツリー改め
「イクコの木」。

写真はいっぱい撮ってきたが、
全部紹介すると長くなるのでこの辺で。

D90C1E7D-9767-45A6-9050-6EAC798E72C7

ほんの一部だけど、
当時のプランテーションで
人々がどんな暮らしをしていたのか、
少しでも伝わったら嬉しい。


260912−15


   

□■□■□■□□■□■□■□■ 
もし行かれる方は、虫除けスプレーを持って行って! 私はハワイといえども、「このあたりは絶対蚊がいそう」と思って持っていったんだけど、大正解だった。持っていかなかったら、ガイドさんの話に集中できなかったと思う。