台湾旅2026④「台湾語」を守り続けた人 王育徳紀念館へ
からのつづき
小学5年生のとき、
父の仕事の関係で台湾に住み始めて、
不思議に思ったことがあった。
日本語を流暢に話すおじさん、おばさん。
中国語を話す人たち。
そして――
中国語とはまったく違って聞こえる
言葉を話す人たち。
そのとき初めて、
中国語とは別に
「台湾語」という言葉があることを知った。
同じマンションに住んでいた
台湾人の郭さんのおばさんは、
子どもの私には、
ひとりの人がいくつもの言葉を
自在に使い分けることが
とても不思議だった。
そういえば、最近は
台湾に来ても、あまり台湾語を
耳にしなくなったような……。
さて、そんな「台湾語」の研究に
生涯を捧げた人の記念館が台南にある。
王育徳(おう・いくとく)さん。
旧制台北高校を卒業後、
東京帝国大学へ進学した。
しかし戦況の悪化で台湾へ戻り、
そこで終戦を迎える。
戦後は台南で教師をしていたが、
1947年、台湾で
「二・二八事件」が起こる。
以前、二・二八事件について書いた記事
検察官だった兄・王育霖さんも
この事件のさなかに連行され、
そのまま帰らぬ人となった。
育徳さん自身も政府を批判する文芸活動などから
身の危険が迫り、
1949年、
香港を経由して日本へ亡命した。
国民党政権はいずれ力を失うだろう。
日本にいるのは1年ほど――
そんなつもりだったという。
そして東京大学に復学。
そこで育徳さんが取り組んだのが、
故郷の言葉「台湾語」の研究だった。
そんな思いで研究を続け、
1969年、
台湾語の研究で
東京大学から文学博士の学位を取得した。
一方で育徳さんは、
日本にいながら
台湾の自由を求める活動も続けた。
1960年には「台湾青年社」を設立。
機関誌『台湾青年』を発行し、
台湾独立運動を展開した。
さらに晩年には、
台湾人元日本兵への
戦後補償を求める運動にも力を注いだ。
戦争中、
日本兵として戦った台湾の人たち。
ところが戦後、
日本国籍を失ったことで
日本人の元兵士と同じ補償を
受けることができなかった。
育徳さんは
その不公平を訴え続けた。
・台湾語の研究。
・台湾の自由を求める活動。
・台湾人元日本兵への補償運動。
日本で暮らしながら、
その人生はずっと台湾とともにあった。
しかし――
育徳さん自身が
故郷の台湾に帰ることは
一度も叶わなかった。
1985年、
東京で心筋梗塞のため亡くなった。
61歳だった。
本当にそう思った。
そして、ここで
さらに胸にくることがある。
台湾で38年間続いた戒厳令が
解除されたのは1987年。
育徳さんが亡くなった
わずか2年後だ。
記念館には、
机も、本棚も、資料も――
日本から台湾へ運ばれてきたものだという。
生前は帰ることのできなかった故郷に、
今はこうして
育徳さんの書斎が帰ってきている。
生涯、故郷を思い続けた人の言葉が、
なんだか胸に残った。
館内の展示には
すべて日本語の解説も書かれている。
一瞬、
日本の記念館を訪れているような
不思議な感覚にもなる。
台南を訪れる機会があったら、
ぜひ立ち寄ってほしい場所。
□■□■□■□□■□■□■□■
館内に、昔の電話が置いてあった。受話器を取ると、そこから台湾語が流れてくる。何を話しているのか、さっぱりわからない。でも、その響きがなんだかとても懐かしかった。市場で、タクシーで、街のあちこちで耳にしていた音。意味なんてわからなかったのに、耳のどこかにちゃんと残っていたんだな。受話器を耳に当てながら、一瞬、小学生の頃に戻ったような気がした。













コメント
コメント一覧 (18)
カータン
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カータン
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カータン
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カータン
が
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言葉や平和は、あると当たり前だけど、失くなるとどんなに価値のあることか、、。
カータン紹介してくれてありがとうございます。
カータン
が
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台湾は日本人に特に友好的な国のひとつではないかと愚考しますが
両国がここ数十年間にたどった複雑な関係を思うと「胸にくることがある」
「台湾語」を直に聞いたことがあるカータンの解説は重みがあります。
また学ばせて頂きました。ありがとうございます。
カータン
が
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ところで台湾のブログ私の元には1と4しか来てなくて、2と3は、4から前の記事、とやると見れるのだけれど。
皆さんはいかがですか?
カータン
が
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心を込めて描かれたのが伝わって来ました
カータン
が
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カータン
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日本にとって、台湾は、大切にしなければいけない国だと思っています。
凄く難しい状況では、ありますが、子ども達に歴史をきちんと学ばせて友好関係を築くことができたらと常々思います。
カータン
が
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カータン
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カータン
が
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湯徳章さんの映画もブログ読んで、すぐに見に行きました!
カータンのブログは面白いだけじゃなく、学ぶ事が多くて、いつも楽しみにしてます😊
暑い台湾で歩きまわって、きっとお疲れかと思いますので、すこしのんびりしてくださいね〜
カータン
が
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カータン
が
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誰も成し遂げてない
歴史に名を残し
亡くなって更に爪跡を残すヒトは~
アタシら、アッパラパーと比べて情熱も知識🧠も違うんでしょうね❢(笑)💦😙
永遠に残して行かなければいけませんね❣✨😊
カータン
が
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カータンの紹介て、台湾の皆さんの辛い歴史について、知ることができました。
台湾語、大事な言語ですね。
今、安心して台湾へ観光でいけるのは、先人の方々のおかげですね。
たい
カータン
が
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カータン
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